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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)49号 判決

大阪府東大阪市高井田中1丁目11番18号

原告

金田登志栄

訴訟代理人弁護士

横山経通

山岸良太

末吉亙

同弁理士

鎌田文二

東尾正博

鳥居和久

大阪市北区西天満3丁目4番7号

被告

加藤製紐株式会社

代表者代表取締役

加藤啓介

大阪市中央区松屋町9番2号

被告

株式会社近畿

代表者代表取締役

藤井正治

大阪市北区天満4丁目13番2号

被告

サトー株式会社

代表者代表取締役

佐藤裕一

大阪市北区芝田2丁目2番13号

被告

株式会社サンキ

代表者代表取締役

河村勝也

石川県河北郡高松町字高松テ8番地1

被告

黒川ウエーブ株式会社

代表者代表取締役

黒川成

石川県河北郡高松町字高松サ49番地66

被告

株式会社二口製紐

代表者代表取締役

二口金一朗

石川県河北郡七塚町字木津イ23番地の1

被告

北陸ウエブ株式会社

代表者代表取締役

飴谷久嘉

石川県河北郡高松町字高松ツ128-2

被告

森初男

上記被告ら訴訟代理人弁護士

松尾栄蔵

石原修

千葉尚路

平井昭光

森﨑博之

君嶋祐子

寺澤幸裕

藤井基

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第7925号事件について、平成9年12月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

2  被告ら

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「ゴム紐」とし、その形態を別添審決書写し別紙第一記載のとおりとする意匠登録第859953号意匠(昭和60年12月9日登録出願、平成4年10月28日設定登録、以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

被告らは、平成5年4月20日、本件意匠につき無効の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成5年審判第7925号事件として審理したうえ、平成9年12月25日、「登録第859953号意匠の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、平成10年1月22日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件意匠が、西独(当時、以下同じ。)の繊維雑品類の製造販売会社である訴外ゴールド・ザック社(以下「ゴールド社」という。)から、我が国の訴外ウシオ工業株式会社(以下「ウシオ社」という。)に送付された織りゴム(本件意匠の物品である「ゴム紐」と同一のものを指す。以下同じ。)のサンプル帳(審決甲第100号証、本訴甲第5号証、検乙第1号証、以下「本件サンプル帳」という。)において、商品番号6207番として展示される見本ゴム紐(以下「6207ゴム紐」という。)の意匠(以下「引用意匠」という。)と類似するものであり、その意匠登録は、意匠法3条1項3号に違反してなされたものであるから、意匠法48条1項の規定により無効とされるべきものであるとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本件意匠が、意匠に係る物品を「ゴム紐」とし、その形態を別添審決書写し別紙第一記載のとおりとすること、引用意匠も、意匠に係る物品を「ゴム紐」とし、その形態を同別紙第二記載のとおりとすることは認めるが、その余は争う。

審決は、本件サンプル帳が改竄されたことを看過する(取消事由1)とともに、本件サンプル帳及び引用意匠の公知時期を誤認した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本件サンプル帳の改竄)

被告らの主張によれば、ゴールド社からウシオ社に送付されたゴム紐の見本短冊には、金色のぎざぎざの波線模様が付されているとされ、現に、本件サンプル帳において、6207ゴム紐の直上に展示されている、商品番号6771番のゴム紐の見本短冊には、金色の波線模様が付されている。ところが、6207ゴム紐の見本短冊には、この金色の波線模様が付されていないから、本件サンプル帳が、ゴールド社から送付されたものでないことは明らかである。

また、本件サンプル帳には、8枚の台紙があるが、このうち6枚は、1から6までナンバリングされた透明のプラスチック板であるのに対し、6207ゴム紐が展示されたものを含めた2枚の台紙だけが、ボール紙にセロテープで見本短冊が留められている。この形状からみて、本件サンプル帳の台紙は、もともと透明プラスチック板であり、ボール紙の台紙に展示された見本短冊は、ゴールド社から送付されたものではなく、後に作られたものであることが明らかである。しかも、2枚のボール紙の台紙を比較すると、その外観及びセロテープがはがれずに固定されていることなどからして、6207ゴム紐が展示された台紙は、他のボール紙の台紙よりも明らかに新しいものである。このように、6207ゴム紐が、本件サンプル帳のもともとの透明プラスチック板の台紙ではなく、後に作られたことが明らかであるボール紙の台紙の、しかも、一方のボール紙よりも新しいものに展示されていることは、極めて不自然である。

本件サンプル帳に展示された各見本短冊は、ゴム紐が灰色プラスチック板に取り付けられているが、6207ゴム紐の見本短冊以外の見本短冊は、灰色プラスチック板の縦幅が、ゴム紐の縦幅より長いか、ほぼ同じ長さである。これは、見本短冊を台紙に収納したときに、上下の見本短冊の灰色プラスチック板同士が接触して、きれいに整頓して収納するためである。ところが、6207ゴム紐の見本短冊だけは、ゴム紐の縦幅が明らかに灰色プラスチック板の縦幅より長く、ゴム紐が灰色プラスチック板からはみ出しているため、台紙に収納したときに、その上下の見本短冊の灰色プラスチック板と接触せず、不安定な状態となり、整頓されて並んでいない。灰色プラスチック板の入手が容易にできる時期に6207ゴム紐の見本短冊が作成されたのであれば、適切な縦幅の灰色プラスチック板が用いられたはずであり、6207ゴム紐の見本短冊だけが、ゴム紐より縦幅の短い灰色プラスチック板に貼り付けられているのは、6207ゴム紐の見本短冊が、灰色プラスチック板の入手が容易でなくなった最近になって作成されたことを示すものである。

原告は、本件意匠の侵害の差止等を求めて、平成5年9月16日、本件意匠に係るゴム紐を使用してトランクスを製造しているトランクスメーカー3社(訴外富士紡績株式会社、同西明株式会社、同株式会社桜井)を被告として、訴訟(東京地方裁判所平成5年(ワ)第17437号意匠権侵害等差止請求事件、以下「侵害訴訟」という。)を提起した。この侵害訴訟における、ウシオ社の元社員である証人延命寺重義(以下「延命寺」という。)の尋問調書(審決甲第96、第97号証、本訴甲第8、第9号証、以下「延命寺調書」という。)によれば、本件サンプル帳は、同じ用途、デザインのゴム紐を同じページにまとめたとされるが、本件サンプル帳の6207ゴム紐が展示されているページにおいて、3条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本は、6207ゴム紐のみであって、不自然である。

さらに、本件サンプル帳の表紙には、英語で「伸縮する」、「弾力のある」を意味する「Elastic」と記載されている。ところが、6207ゴム紐の直下に展示されている商品番号10165番のゴム紐の見本短冊は、そのゴム紐に弾力がなく、しかも、この見本短冊にゴールド社の金色のぎざぎざの波線模様が付されていない。このように、弾力がなく、ゴールド社から送付されたものでない上記10165番のゴム紐の見本短冊が、本件サンプル帳に展示されていることは、極めて不自然である。

延命寺調書によれば、本件サンプル帳は、同人が保管していたものとされるが、本件無効審判手続において、同人は、当初、報告書(審決甲第12、第19号証、本訴甲第73、第69号証。以下「延命寺報告書」という。)を提出したのみで、本件サンプル帳を提出しなかった。しかも、侵害訴訟での同人に対する証人尋問においても、その理由について合理的な説明がなされていない。仮に、本件サンプル帳に6207ゴム紐が初めから展示されていたのであれば、同人は、本件サンプル帳を当初から提出したはずであり、これを後になって提出したのは、本件無効審判の形勢が不利と判断した後に、あわててこれを捏造したからに他ならない。

また、延命寺調書によれば、ウシオ社は、ゴールド社から本件サンプル帳を受領した際に、併せて試験表や仕様書等のゴム紐の設計関係書類を受領したとされ、しかも、本件サンプル帳より仕様書の方が重要であるとされている。そうであれば、本件サンプル帳が残存しているのに、重要とされる仕様書が散逸したというのは、極めて不自然である。これは、仕様書にはゴム紐を製造するための詳細なデータが記載されているため、これと本件サンプル帳を比較すると、本件サンプル帳が改竄されたことが明らかとなるからであり、被告らは、残っているはずの仕様書を意図的に提出しないのである。

さらに、ウシオ社の元社員である証人吉村正司(以下「吉村」という。)の侵害訴訟での尋問調書(審決甲第98、第99号証、本訴甲第56、第57号証。以下「吉村調書」という。)においても、同人は、本件サンプル帳が同人が使用していた当時のものであるか否か不明であり、差し替えられた可能性のあることを認める旨を述べている。

以上のとおり、本件サンプル帳ないし6207ゴム紐にには、不自然な点が多々あり、本件サンプル帳が、本件無効審判手続中に、6207ゴム紐を付け加えて改竄されたものであることは明らかである。

しかも、本件無効審判手続において、本件サンプル帳は、検証物ではなく、書証(審決甲第100号証)として提出されたカラーコピーであり、その詳細な形状などは全く不明であるにもかかわらず、審決は、「古くなり変質した透明ビニールテープの状態を観察しても、貼り替えた痕跡が見られない」(審決書9頁13~15行)としており、全く不自然な認定である。したがって、審決が、本件サンプル帳を改竄されたものではないと認定した(審決書9頁1行~10頁7行)ことはすべて誤りである。

2  取消事由2(引用意匠の公知時期の誤認)

審決が、本件サンプル帳に貼付された6207ゴム紐の引用意匠を、遅くとも昭和58年当時、公然と知られた意匠であったと判断した(審決書10頁11行~11頁6行)ことも誤りである。

すなわち、本件サンプル帳自体には、作成年月日の記載もなく、それが本件意匠出願前から存在していたことや、6207ゴム紐が本件意匠出願前から公知であったことを裏付ける、客観性のある証拠は存在しない。

また、本件意匠出願前から、本件サンプル帳が存在し、かつ、公知であったとする、延命寺調書及び同報告書並びに吉村調書及び同人の陳述書・報告書(審決甲第61、第26号証、本訴甲第62、第71号証、以下、これらを「吉村報告書」という。)は、以下のとおり、いずれも全く信用することができない。

まず、本件意匠は、3条の等間隔の凸条を有するものであるが、このような意匠となった主な理由は、等間隔の4本針のミシンでゴム紐をトランクスに縫製する際に、針の落ちる箇所を凹ませることにあり、このことは、当事者間に争いがない。ところが、延命寺及び吉村の各調書によれば、同人らは、取引先のトランクスメーカーがどのようなミシン針を使用しているか全く知らず、このような本件意匠の開発経緯や、開発意図を理解していなかったことが明らかである。

また、延命寺は、同人の調書及び報告書によれば、本件意匠のような3条の等間隔の凸条を有するゴム紐の製造販売開始時期、3条の等間隔でない凸条を有するゴム紐の製造販売開始時期、3条の等間隔の凸条の下に3センチ程の平らな部分がついていたというゴム紐の凸条の幅や用途等について、矛盾した供述を繰り返している。吉村も、同人の調書及び報告書によれば、3条の等間隔でない凸条を有するゴム紐の製造販売開始時期について、矛盾した供述をしている。さらに、同人らは、ゴム紐の用途が違っても同じ商品番号を付けることがあるなどと述べ、ウシオ社におけるゴム紐の商品番号とデザインとの関係につき不合理で矛盾した供述を行っている。したがって、同人らが、これらの点について虚偽の供述をしていることは明らかである。

その他、延命寺は、本件サンプル帳について、ゴールド社のバーゼル工場で作られたと述べ、これに貼付された「ELASTIC LTD BASLE」とのシールにつき、その「BASLE」が、スイスの地名バーゼルであるとするが、地名であるバーゼルの綴りは、「BASEL」であるし、また、同人は、自己のウシオ社への入社年月日についても、正確にこれを記憶しておらず、延命寺報告書に記載した数値も、実際には存在しないことが明らかである資料に基づくものであるなど、虚偽の供述を繰り返している。

また、延命寺調書によれば、ウシオ社では、和議手続の開始後であっても、新製品の開発やサンプル帳の作成の能力を有していたとのことであるから、それまでの間、新製品の開発に伴って、その販売のための新たな見本短冊をサンプル帳に追加し、販売しなくなった製品の見本短冊を取り外すことが行われたはずであるところ、昭和45年に入手した本件サンプル帳を、中身を全く差し替えることなく、昭和58年まで13年間も営業に使用していたとする吉村調書が、虚偽であることは明白である。吉村は、同人の報告書等をいつ被告ら代理人に渡したかも、正確に記憶しておらず、同人の証言は信用することができない。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

本件サンプル帳に展示されているゴム紐の見本短冊には、ゴールド社からサンプル帳として送付されたものだけでなく、個々のゴム紐の見本が独立して送られてきたものも含んでいるから、金色のぎざぎざの波線模様がついていないゴム紐の見本短冊は、追加分として後から差し込まれた可能性もあるのである。

また、本件サンプル帳の透明プラスチック板の台紙は、その一部が破損した可能性が高いし、個々の独立して送られてきたゴム紐の見本は、細長い台紙に見本を貼ったものであったから、ウシオ社の社員が、これらを客に見せるために、ボール紙にセロテープで固定したとしても、何ら不自然ではない。

本件サンプル帳に展示された各見本短冊のうち、ゴム紐の縦幅が、灰色プラスチック板の縦幅より長いものは、6207ゴム紐の見本短冊を含めて9個存在するから、6207ゴム紐の見本短冊だけが、灰色プラスチック板からはみ出しているという原告の主張は、誤りであり、灰色プラスチック板の入手が容易でなくなったとの主張も、原告の根拠のない推測である。

また、延命寺調書では、本件サンプル帳が、同じ用途的に大体まとめたものであると述べているだけであり、同じデザインのゴム紐を同じページにまとめたとは証言していないから、この点に関する原告の主張も誤りである。

さらに、本件サンプル帳の2枚目右端等の「ELASTIC LTD BASLE」の記載からみて、「ELASTIC」の語は、社名であると思われるし、仮に、原告主張の意味であるとしても、本件サンプル帳には、後から送られてきたゴム紐の見本短冊が追加された可能性も高いのであるから、原告の主張には無理がある。

なお、延命寺は、本件事件後、本件サンプル帳を他の証拠とともに被告ら代理人に一括して交付したものであり、本件無効審判手続において、本件サンプル帳がいつ証拠として提出されたかは、訴訟の当事者でない延命寺が知るよしもない。また、延命寺は、自己がウシオ社大阪営業所に保管していた本件サンプル帳を提出したものであり、同社神戸本社及び工場に保管されていたと思われる他のサンプル帳や仕様書等が、昭和58年の和議申請時に散逸したとしても、何ら不自然ではない。

したがって、本件サンプル帳が改竄されたものではないとする審決の認定(審決書9頁1行~10頁7行)に誤りはない。

2  取消事由2について

延命寺及び吉村の各証言が信用性がないとする原告の主張は、いずれも根拠がないものであるが、被告らは、本件サンプル帳に関する証言についてのみ反論を加えれば十分であると考える。

まず、本件サンプル帳に貼付された「ELASTIC LTD BASLE」とのシールにつき、英和辞典(乙第2号証)及び英英辞典(乙第3号証、以下、これらの辞典を「本件辞典」という。)によれば、「BASLE」は、スイスの都市バーゼルの旧名であるとされており、延命寺証言は、何ら虚偽ではない。

また、本件サンプル帳は、ゴールド社から送られてきたゴム紐の見本短冊を用途別にまとめたものであり、ウシオ社が開発した製品までも入れ込んだサンプル帳ではない。したがって、本件サンプル帳にウシオ社が開発した製品の見本短冊を入れ込んで、不要なものを取り外すことが行われたはずであるとする原告の主張には根拠がない。

以上のとおり、本件サンプル帳に貼付された6207ゴム紐の引用意匠が、遅くとも昭和58年当時、公然と知られた意匠であったとする審決の判断(審決書10頁11行~11頁6行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(本件サンプル帳の改竄)について

審決の理由中、本件サンプル帳が、西独の繊維雑品類の製造販売会社であるゴールド社から、同社と技術提携していた我が国のウシオ社に送付されたゴム紐のサンプル帳であること(審決書7頁13~17行)は、当事者間に争いがない。

(1)  本件サンプル帳、延命寺調書及び同報告書、吉村調書及び同報告書、織物試作試験表(甲第63~第68号証の各1、2)並びにウシオ社の紹介パンフレット(甲第76号証、以下、これらの各証拠を総称して「本件認定証拠」という。)によれば、ウシオ社が、昭和45年10月、ゴールド社と各種ゴム紐のデザインや製法に関する技術提携契約を結び、昭和50年にこれが解消されるまで、同社から、用途別にゴム紐の見本を集めたサンプル帳の提供を受けるとともに、同サンプル帳に展示され、短冊状のプラスチック板に取り付けられた個々のゴム紐の見本と同じ型式の追加の見本短冊の提供を受けており、本件サンプル帳の見本短冊のうち、金色のぎざぎざの波線模様が付されていないものは、この追加分であった可能性があること、本件サンプル帳に収められた合計75本の見本短冊のうち、上記の波線模様の付されていないものは、6207ゴム紐の見本短冊を含めて17本あり、それらの状況も上記波線模様のないこと以外は、他の見本短冊と異ならないことが認められる。

そうすると、6207ゴム紐の見本短冊、あるいは商品番号10165番のゴム紐の見本短冊に、金色の波線模様が付されていないからといって、それらがゴールド社から送付されたものではないとはいえないから、この点に反する原告の主張は採用できず、審決が、「金色の波線模様の有無については、当該織りゴムサンプル帳全体を見ると、ゴールド社から送られてきたすべての織ゴムのサンプル(被請求人は見本短冊という)に金色の波線模様が付されているわけでなく、サンプル帳内の全75の織りゴムのサンプルのうち、甲号意匠を含め、散在する17の織りゴムのサンプルに金色の波線模様がないことが認められる」(審決書9頁1~8行)と認定したことに誤りはない。

(2)  本件認定証拠によれば、本件サンプル帳のすべての透明プラスチック板の台紙には、折曲げ部分が割れていたり角部が欠け落ちている等の傷みがあること、その傷みの状況からすれば、見本短冊が透明ビニールテープでボール紙の台紙に貼られているのは、ウシオ社の営業部員が本件サンプル帳を頻繁に取引先へ持参し、見本短冊を透明プラスチック板から取り出すなどした結果、透明プラスチック板が破損したため、見本短冊を当該透明プラスチック板からはずして、代わりにボール紙に貼り付けた可能性が高いことが認められる。

これらのことからすると、6207ゴム紐が、本件サンプル帳に2枚あるボール紙の台紙の、他の1枚よりも新しい台紙に展示されていることも、格別不自然な状況であるとはいえないから、この点に反する原告の主張は採用できず、審決が、「台紙については、長年(ほぼ10年間に亘る)の販売活動での取り扱いによって当該サンプル帳の台紙が破損し、これをボール紙台紙に替え、織りゴムのサンプルを透明ビニールテープで固定して補修する必要があったとも充分理解でき」(審決書9頁8~13行)と認定したことに誤りはない。

さらに、上記認定に続いて、審決は、「また、古くなり変質した透明ビニールテープの状態を観察しても、貼り替えた痕跡が見られない」(審決書9頁13~15行)と認定している。しかし、本件無効審判手続において、本件サンプル帳は、カラーコピーされた書証(審決甲第100号証)として提出されたものであるから、その詳細な性状及び現象などを把握することは困難であったものと認められ、審決の上記認定は、証拠に基づかないものといわなければならない。

ただし、本件訴訟手続では、本件サンプル帳が、書証及び検証物として提出されており(本訴甲第5号証及び検乙第1号証)、その詳細な形状を観察すると、透明ビニールテープは、かなりの年月の経過によって変質しており、特に貼り替えられた痕跡も認められない。そうすると、審決の上記認定は、結果として正当であったと認められ、審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであるから、審決に取り消されるべき程度の違法があったということはできない。

(3)  本件サンプル帳によれば、本件サンプル帳に収められた合計75本の見本短冊のうち、6207ゴム紐のほか、商品番号6244番(28ミリメートルのもの)、6511番、6541番(Dess.9453)、6618番、6628番(2本)、6684番、6712番、6713番、6714番(2本)、6742番(cl.1735)の各ゴム紐の見本短冊においても、ゴム紐の縦幅が灰色プラスチック板の縦幅より長く、ゴム紐が灰色プラスチック板からややはみ出していることが認められる。

原告は、本件サンプル帳に展示された各見本短冊のうち、6207ゴム紐の見本短冊以外の見本短冊は、灰色プラスチック板の縦幅がゴム紐の縦幅より長いか、ほぼ同じ長さであるのに対し、6207ゴム紐の見本短冊だけはゴム紐の縦幅が灰色プラスチック板の縦幅より長く、ゴム紐が灰色プラスチック板からはみ出しているとし、これを前提として、6207ゴム紐の見本短冊が、灰色プラスチック板の入手が容易でなくなった最近になって作成されたものと主張するが、前示のとおり、6207ゴム紐の見本短冊だけが灰色プラスチック板の縦幅より長いものでない以上、原告の上記主張は、その前提を欠くものであって、採用できないことが明らかである。

したがって、審決が、「織りゴムのサンプルにおいて、織りゴム自体の縦幅が織りゴムを取り付ける灰色のプラスチック板の縦幅より長いか否かについては、全75サンプルの織りゴムのうち、甲号意匠を含めて、散在する13サンプルでの織りゴムの縦幅が織りゴムを取り付ける灰色のプラスチック板の縦幅より僅かに長い状態になっていることが認められる。」(審決書9頁15行~10頁2行)と認定したことに誤りはない。

(4)  原告は、延命寺調書によれば、本件サンプル帳には、同じ用途、デザインのゴム紐を同じページにまとめたとされるが、本件サンプル帳の6207ゴム紐が展示されているページにおいて、3条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本は、6207ゴム紐のみであって、不自然であると主張する。

しかし、同調書によれば、同人は、ゴム紐のデザインに関して、「大体デザイン的にも似たものが入っていますね」(甲第9号証、231項)という問いを肯定しただけであり、この程度の漠然とした分類を述べるに止まっており、しかも、本件サンプル帳によれば、本件サンプル帳全体に展示されたもののうちで、3条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本は、6207ゴム紐のみであることが認められるから、それが展示されているページにおいて、3条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本が6207ゴム紐のみであること自体が不自然であるとはいえず、原告の上記主張には、理由がない。

また、原告は、本件サンプル帳の表紙には、英語で「伸縮する」、「弾力のある」を意味する「Elastic」と記載されているが、6207ゴム紐の直下に展示されている商品番号10165番のゴム紐の見本短冊は、そのゴム紐に弾力がなく、ゴールド社の金色のぎざぎざの波線模様も付されていないから、10165番のゴム紐の見本短冊が、本件サンプル帳に展示されていることは、極めて不自然であると主張する。

しかし、本件認定証拠及び本件辞典によれば、本件サンプル帳の表紙部分上段には「Elastic Samples」と印刷されているが、透明プラスチック板である6枚の台紙の右上端部には、「ELASTIC LTD」「BASLE」と記載されたシールが貼付されており、通常、「LTD」は有限責任会社を意味するものであること、「BASLE」はスイスの都市バーゼルの旧名を指すことが認められ、これらのことからすると、本件サンプル帳に記載された「Elastic」は、ゴールド社と関係のある法人の名称であると考えられる。

したがって、商品番号10165番のゴム紐の見本短冊に弾力性がないからといって、それがゴールド社から送付されたものではないということはできず(金色の波線模様が付されていないことについては、前示のとおりである。)、原告の上記主張を採用することはできない。

さらに、原告は、本件無効審判手続において、延命寺が、当初、延命寺報告書を提出したのみで、本件サンプル帳を提出しなかったことや、本件サンプル帳が残存しているのに、併せてゴールド社から受領し、重要であるはずの仕様書等が散逸したことを取り上げて、本件サンプル帳が改竄されたものであると主張する。

しかし、延命寺自身が、本件無効審判請求事件の当事者でないことは、明らかであり、本件サンプル帳が同人から本件事件の当事者又は代理人等に交付されて証拠として提出されるまでの間に、ある程度の時間的経過があっても何ら不自然ではない。また、延命寺調書によれば、本件サンプル帳は、他の4、5冊のサンプル帳とともに、ウシオ社に対する和議手続の開始後も、同人の所管していたウシオ社の大阪営業所に残っていたのに対し、上記仕様書等の管理は、同人の所管外であったことが認められるから、本件サンプル帳が延命寺が保管したために残存し、他方、仕様書等は、昭和58年の和議申請後に散逸してしまったとしても、何ら不自然ではない。

したがって、原告の上記主張も、これを採用することができない。

なお、原告は、吉村調書において、同人が本件サンプル帳が使用していた当時のものであるか否か不明であり、差し替えられた可能性のあることを認める旨を述べていると主張するが、同調書によれば、この点に関する証言部分(甲第57号証、38~40項)は、ウシオ社において同人自身が本件サンプル帳の保管の任に当たっていたものではないことを表現したものにすぎず、これが差し替えられた形跡のあること等を認めたものではないから、原告の上記主張は、失当というほかない。

以上のとおり、本件サンプル帳が改竄されたものであるとする原告の各主張は、いずれも到底採用し得るものではなく、審決が、「してみると、被請求人の主張は事実と相違するところがあり、この主張を採り挙げて、甲号意匠が本件登録意匠の出願前に作られ、加えられて、甲第100号証の『織りゴムサンプル帳』改竄されたものであるとはいえない。従って、当該甲第100号証の『織りゴムサンプル帳』は、証拠として採用するのが相当である。」(審決書10頁3~9行)と判断したことに誤りはない。

2  取消事由2(引用意匠の公知時期の誤認)について

本件認定証拠によれば、ウシオ社が、昭和45年10月にゴールド社との間で技術提携契約を行い、昭和47年ころまでにゴールド社から本件サンプル帳の送付を受け、6207ゴム紐がその当初から、又は追加のゴム紐の見本として送付されたものであったとしても、遅くとも昭和50年ころまでには本件サンプル帳に収納され、事後、ウシオ社の営業部員が、6207ゴム紐を展示した本件サンプル帳を示して、各取引先に対する営業活動を行い、この営業活動は、ウシオ社に対する和議手続が開始された昭和58年までの間、相当期間継続されていたものと認められる。

そうすると、本件サンプル帳が昭和47年ころから存在し、これに展示された6207ゴム紐の引用意匠が、遅くとも昭和58年当時には、公然と知られた意匠であったと認められるから、この認定に反する原告の主張は採用できない。

原告は、本件サンプル帳の表紙に貼付された「ELASTIC LTD BASLE」とのシールにつき、地名であるバーゼルの綴りは、「BASEL」であり、延命寺がこの点について虚偽の供述をしていると主張するが、前示のとおり、「BASLE」は、スイスの地名バーゼルであると認められるから、原告の上記主張は、明らかに失当といわなければならない。

また、原告は、ウシオ社が、和議手続の開始後であっても、新製品の開発やサンプル帳の作成の能力を有していたのであるから、それまでの間、新製品の開発に伴って、その販売のための新たな見本短冊をサンプル帳に追加し、販売しなくなった製品の見本短冊を取り外すことが行われたはずであるところ、昭和45年に入手した本件サンプル帳を、中身を全く差し替えることなく、昭和58年まで13年間も営業に使用していたとする吉村調書は、虚偽であることが明白であると主張する。

しかし、上記主張は、ウシオ社が本件サンプル帳に、ゴールド社から提供を受けたゴム紐の見本短冊のほか、自社開発にかかる製品の見本短冊をも展示していたとの事実を前提とするものであるところ、このような前提事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張自体が明らかに失当である。

その他、原告は、延命寺調書及び同報告書並びに吉村調書及び同報告書が虚偽である旨縷々主張するところ、これらの主張はいずれも、ウシオ社の営業部員が、6207ゴム紐が展示された本件サンプル帳を示して、各取引先に対する営業活動を遅くとも昭和50年ころから昭和58年までの間の相当期間行ってきたとする、前示の認定事実と、直接の関わりをもつものではなく、この認定を何ら左右するものとはいえないから、これらの原告の主張を採用することはできない。

そうすると、審決が、「甲第100号証の『織りゴムサンプル帳』貼付の甲号意匠は、おそくとも昭和58年当時公然と知られた意匠であったと判断される。すなわち、昭和45年10月、ウシオ社はゴールド社と技術提携契約をし、以後、ゴールド社より、織りゴムサンプル帳、及びその織りゴムのサンプルの製造に必要な規格書、使用明細書及び説明書の交付を受けた。これら織りゴムサンプル帳等の送付は、その殆どが5年間の契約期間である昭和45年から昭和50年までに送付されており・・・、いずれにしても、昭和58年ウシオ社が事実上破産し、和議を申し立てた時点以後は送付されていない。したがって、当該織物サンプル帳は、ウシオ社社員達の販売活動により、昭和55年頃、おそくとも昭和58年までには公知となっていたことが明かである。」(審決書10頁11行~11頁6行)と判断したことに誤りはない。

3  原告は、本件意匠が引用意匠に類似するとする審決の判断(審決書11頁8行~13頁8行)について、明らかには争っていないところ、本件サンプル帳等の本件各証拠によっても、本件意匠が引用意匠と類似するものと認められる。

したがって、審決が、「本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号に違反するものであり、その余について言及するまでもなく、その意匠登録は、同法同条同項の規定に違反してなされたものであるから無効とすべきものである。」(審決書13頁10~14行)と判断したことに誤りはない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第7925号

審決

大阪府大阪市北区西天満3丁目4番7号

請求人 加藤製紐 株式会社

大阪府大阪市中央区松屋町9番2号

請求人 株式会社 近畿

大阪府大阪市北区天満4丁目13番2号

請求人 サトー 株式会社

大阪府大阪市北区芝田2丁目2番13号

請求人 株式会社 サンキ

石川県河北郡高松町字高松テ8番地1

請求人 黒川ウエーブ 株式会社

石川県河北郡高松町字高松サ49番地66

請求人 株式会社 二口製紐

石川県河北郡七塚町木津イー23-1

請求人 北陸ウエブ 株式会社

石川県河北郡高松町字高松ツ128

請求人 森初男

東京都港区虎ノ門3丁目5番1号 37森ビル803号室 TMI総合法律事務所

復代理人弁護士 寺澤幸祐

東京都港区虎ノ門3丁目5番1号 37森ビル803号室 TMI総合法律事務所

復代理人弁護士 松尾栄蔵

東京都港区虎ノ門3丁目5番1号 37森ビル803号室 TMI総合法律事務所

復代理人弁護士 千葉尚路

東京都港区虎ノ門3-5-1 37森ビル8階 TMI総合法律事務所

代理人弁理士 千且和也

東京都港区虎ノ門3丁目5番1号 37森ビル8階 TMI総合法律事務所

代理人弁理士 稲葉良幸

東京都港区虎ノ門3丁目5番1号 37森ビル8階 TMI総合法律事務所

代理人弁理士 大賀眞司

大阪府東大阪市高井田中1丁目11番18号

被請求人 金田登志栄

大阪府大阪市中央区日本橋1丁目18番12号 鎌田特許事務所

代理人弁理士 鎌田文二

大阪府大阪市中央区日本橋1丁目18番12号 鎌田特許事務所

代理人弁理士 東尾正博

大阪府大阪市中央区日本橋1丁目18番12号 鎌田特許事務所

代理人弁理士 鳥居和久

東京都千代田区丸の内1丁目1番2号 NKKビル 森綜合法律事務所

代理人弁護士 横山経通

東京都千代田区丸の内1丁目1番2号 NKKビル 森綜合法律事務所

代理人弁護士 山岸良太

東京都千代田区丸の内1丁目1番2号 NKKビル 森綜合法律事務所

代理人弁護士 末吉亙

上記当事者間の登録第859953号意匠「ゴム紐」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第859953号意匠の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.請求人の申立及び理由

請求人代理人は、「結論同旨の審決を求める」と申し立て、その請求の理由として、要旨以下の通りの主張をし、立証として甲第1ないし第100号証(枝番を含む)(甲第90ないし第93号証欠号)を提出し、証人尋問を申請した。

(1)意匠登録第859953号の意匠(以下、本件登録意匠という)は、意匠法第3条第1項各号、若しくは同法同条第2項、若しくは同法第9条第1項の規定に違反して登録されたものであるから、同法第48条第1項の規定により、この本件登録意匠の登録は無効とされるべきものである。

(2)本件登録意匠は、「ゴム紐」に関するものであって、その構成は次のとおりである。

a、基布の長さ方向の表面に3条の凸条を有する。

b、3条の凸条の間及び両側に4本の凹部が形成されている。

c、凸条は3条とも概ね同じ太さであり、凸条の間の2本の凸部は概ね同じ太さである。

d、基盤部の一方の端に近い部分には、基盤部と色の異なる細い糸がはいっている。

(3)本件登録意匠は、その意匠登録出願前、西独の繊維雑品類製造販売会社であるゴールド・ザック社(以下、ゴールド社という)から、国内の技術提携会社であるウシオ工業株式会社(以下、ウシオ社という)へ送付されて、ウシオ社社員達による国内織りゴム販売活動によって公然知られた「織りゴムサンプル帳」中のゴム紐の意匠(甲第35号証・元ウシオ社役員延命寺重義の陳述書に添付されている資料一とする写真中の商品番号6207のゴム紐の意匠)に類似するものである。(なお、請求人は、商品番号第6207のゴム紐を貼付する「織りゴムサンプル帳」の全体を甲第100号証として提出している。)

Ⅱ.被請求人の答弁及び理由

被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求めると答弁し、請求人の主張に全て反論し、その反論の理由として要旨以下のように主張し、立証として乙第1ないし第37号証を提出し、証人尋問を申請した。

(1)本件登録意匠の出願前には、本件登録意匠のゴム紐に見られる三本の凸条を有するゴム紐は全く存在しない。本件登録意匠は、被請求人が試行錯誤の末に創作したものであり、新規性があり、公知ではなかった。

(2)本件登録意匠の出願前、西独のゴム紐製造・販売会社であるゴールド社から、国内の技術提携会社であるウシオ社へ「織りゴムサンプル帳」が送付され、ウシオ社社員の国内販売活動によって商品番号6207のゴム紐の意匠が公然知られたものとなったとする陳述書(甲第35号証及び36号証)は、具体性に欠け、裏付けがないものであり、信用性がなく、証拠力がない。無効を主張する当事者及びこれと同視できる者が本件登録意匠の登録後に当該意匠が出願前から公知であったと報告するものであり、客観的に当該意匠の存在時点を担保する証拠にはならない。

(3)甲第100号証の「織りゴムサンプル帳」は、改竄された証拠であり、商品番号6207のゴム紐が本件登録意匠出願前より公知であるとはいえない。すなわち、〈1〉ゴールド社から送られてきた織りゴム(ゴム紐)の見本短冊には金色のぎざぎざの波線がついているとのことであるが(甲第97号証、証人尋問調書第283、第284)、商品番号6207のゴム紐の見本短冊には、ゴールド社から送られてきたことを示す金色のぎざぎざの波線はついていない。〈2〉甲第100号証には8枚の台紙があるが、そのうち6枚の台紙は透明なプラスチック板であり、それに見本短冊が落とし込まれて収納されている。しかし他の2枚の台紙はボール紙であり、それに商品番号6207のゴム紐を含めて見本短冊が透明ビニールテープで留め貼られている。ボール紙に貼り付けられたものは、ゴールド社から送られてきたものではなく、後から作られたものであることは明らかであるから、商品番号6207のゴム紐は、後から作られたものである。〈3〉甲第100号証の各見本短冊は、灰色のプラスチック板にゴム紐が取り付けられたものであり、それらの灰色のプラスチック板の縦幅は、ゴム紐より長いかほぼ同じである。ところが商品番号6207のゴム紐だけは、ゴム紐が灰色のプラスチック板より長く不自然である。このことからも、甲第100号証は、商品番号6207のゴム紐を後から付け加えて改竄された証拠であることは明らかである。

以上の事実より、本件登録意匠を無効とすることはできない。

Ⅲ、当審の判断

(1)本件登録意匠

本件登録意匠は、昭和60年12月9日の意匠登録出願に係り、平成4年10月28日に意匠権の設定の登録がなされた意匠登録第859953号の意匠であって、当該意匠登録原簿並びに願書の記載及び願書に添付した図面代用見本によれば、意匠に係る物品を「ゴム紐」とし、その形態(別紙第一参照、色彩を省略した)を以下のとおりとしたものである。

すなわち、全体形状を、一定幅で長手方向へ連続する平ゴム状とし、その表面側に、両側辺に細い余地部を残して、2本の凹筋によって区画された同幅3条の肉厚凸織り部を形成するものとし、両側辺の細い余地部の一方に一本の赤い筋模様を織り出してその余の全体を白色とする織りゴムである。(本件登録意匠は「ゴム紐」としているが、この種物品については、業界では一般に、「織りゴム」とも称している。)

(2)甲第100号証

甲第35号証は元ウシオ社役員であった延命寺重義の陳述書である。その内容は、本件登録意匠の出願前、西独繊維雑品類の製造販売会社であるゴールド社と技術提携していた国内織りゴムの製造販売会社であったウシオ社が、この技術提携によりゴールド社から送付された「織りゴムサンプル帳」の中に貼付されていた商品番号6207の織りゴムの意匠と、本件登録意匠とがほぼ同一の意匠であると述べるものであり、資料一として上記商品番号6207の織りゴムを含めて5つの織りゴムを部分的に写した写真が添付されている。

甲第100号証は、上記商品号6207の織りゴムを貼付した「織りゴムサンプル帳」全体の写しと認められるものである。

(3)甲号意匠

甲第100号証において、商品番号6207の織りゴムとされるのは、この織りゴムサンプル帳の第1枚目台紙の上から4番目に貼付された「6207/35mm cl.2555」とする織りゴムであると認められ、その意匠の形態(別紙第二参照、色彩を省略した)は、以下のとおりとしたものである(以下、甲号意匠という)。

すなわち、全体形状を、一定幅で長手方向へ連続する平ゴム状とし、その表面側に、両側辺に細い余地部を残して、2本の凹筋によって区画された同幅3条の肉厚凸織り部を形成するものとし、その全体を肌色とする織りゴムである。

(4)甲第100号証の改竄

被請求人は、前記〈1〉〈2〉〈3〉の理由を挙げて、甲第100号証は、改竄されたものであると主張している。しかしなから、〈1〉金色の波線模様の有無については、当該織りゴムサンプル帳全体を見ると、ゴールド社から送られてきたすべての織ゴムのサンプル(被請求人は見本短冊という)に金色の波線模様が付されているわけでなく、サンプル帳内の全75の織りゴムのサンプルのうち、甲号意匠を含め、散在する17の織りゴムのサンプルに金色の波線模様がないことが認められること、〈2〉台紙については、長年(ほぼ10年間に亘る)の販売活動での取り扱いによって当該サンプル帳の台紙が破損し、これをボール紙台紙に替え、織りゴムのサンプルを透明ビニールテープで固定して補修する必要があったとも充分理解でき、また、古くなり変質した透明ビニールテープの状態を観察しても、貼り替えた痕跡が見られないこと、〈3〉織りゴムのサンプルにおいて、織りゴム自体の縦幅が織りゴムを取り付ける灰色のプラスチック板の縦幅より長いか否かについては、全75サンプルの織りゴムのうち、甲号意匠を含めて、散在する13サンプルでの織りゴムの縦幅が織りゴムを取り付ける灰色のプラスチック板の縦幅より僅かに長い状態になっていることが認められる。

してみると、被請求人の主張は事実と相違するところがあり、この主張を採り挙げて、甲号意匠が本件登録意匠の出願前に作られ、加えられて、甲第100号証の「織りゴムサンプル帳」が改竄されたものであるとはいえない。

従って、当該甲第100号証の「織りゴムサンプル帳」は、証拠として採用するのが相当である。

(5)甲第100号証及び甲号意匠の公知時期

甲第100号証の「織りゴムサンプル帳」貼付の甲号意匠は、おそくとも昭和58年当時公然と知られた意匠であったと判断される。すなわち、昭和45年10月、ウシオ社はゴールド社と技術提携契約をし、以後、ゴールド社より、織りゴムサンプル帳、及びその織りゴムのサンプルの製造に必要な規格書、使用明細書及び説明書の交付を受けた。これら織りゴムサンプル帳等の送付は、その殆どが5年間の契約期間である昭和45年から昭和50年までに送付されており(甲第96号証・証人調書317)、いずれにしても、昭和58年ウシオ社が事実上破産し、和議を申し立てた時点以後は送付されていない。したがって、当該織物サンプル帳は、ウシオ社社員達の販売活動により、昭和55年頃、おそくも昭和58年までには公知となっていたことは明かである。

(6)本件登録意匠と甲号意匠との比較検討

そこで、本件登録意匠と甲号意匠を比較検討すると両意匠は、「ゴム紐」と「織りゴム」であるが、前記するように意匠に係る物品が実質的に同一であり、その形態は、両意匠とも、一定幅で長手方向へ連続する平ゴム状とし、その表面側は、両側辺に細い余地部を残して、2本の凹筋によって区画された同幅3条の肉厚凸織り部を形成する構成態様が共通する。

一方、両意匠は、その全体を白色とするか肌色とするかの点、本件登録意匠は両側辺の細い余地部の一方に一本の赤い筋模様を表しているのに対して甲号意匠にはこれが無い点に差異がある。

そこで、これらの共通点、差異点を比較して、意匠全体としで総合的に観察すると、前記共通するとした構成態様、とりわけ表面に同幅3状の肉厚凸織り部を形成する態様は、形態の全体に係わり、その主要なところを形成して両意匠の基調をなすものであるのに対して、差異点として挙げた織りゴム全体の着色の態様については、この種織りゴムおいて、必要に応じて種々の色彩を施すことは普通にみられることであり、全体を白色としたか全体を肌色としたかの差異は、類否判断に強く影響する要素として評価することはできない。余地部の赤い筋模様の有無については、織りゴム、特にトランクス、パンツ類の腰ゴムとして使用されるこの種織りゴムにおいては、縫製時に上下万向がわかるよう基盤部の一方の端近い部分に、基盤部と色の異なる糸を縫いつけたり、織り込むことは普通にみられる態様であり、また、本件登録意匠の赤い筋模様は細く、その色も比較的淡く、さして目立たないものであってみれば、類否判断において、その有無の差異を採り上げて評価するまでもないところである。

そうして、これらの差異点を総合し相俟って奏する効果を考慮しても、いまだ両意匠における前記共通する態様の強い共通感を凌駕するものでなく、本件登録意匠は、甲号意匠と類似するものと判断せざるを得ない。

したがって、本件登録意匠は、前記のとおり、その出願前に公然知られた意匠である甲号意匠に類似するものである。

(6)むすび

以上のとおりであって、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号に該当するものであり、その余について言及するまでもなく、その意匠登録は、同法同条同項の規定に違反してなされたものであるから無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年12月25日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙第一

本件登録意匠

〈省略〉

別紙第二

甲号意匠

〈省略〉

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